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特になにもないけれど、ひな祭りってだけで
ウキウキするんですよね〜*:.。☆..。.(´∀`人)

ひな人形を飾ったり、女の子として育ててもらった記憶があるからかな〜


***


「お母さんには何でも話してね」
子供の頃、学校から帰ると食事の用意をする母の後ろに座り込んで
その日のできごとを全部全部話していました。
母も楽しそうで、嬉しいことは一緒に喜んで
いじめられた日は母にしがみついて泣きました。

母を喜ばせたかったし、母を守りたかった。
物心ついた時から、私は母の幸せを毎日祈っていました。

いつからかな〜
母の背中にお話するのが寂しくなったんです。
ちゃんと聞いてくれてないような
イライラしているような
そんな気がして…。

実際に家ではとても辛いこと、怒りや悲しみも飛び交っていたので
母も余裕がなかったんだと今なら思えます。

いつからか、その寂しさに加えて
「心配かけたくない」が出てきて
何でも話していた母に対しても
自分の話をすることは減っていました。


***


今回のケガで手術前の一番怖かった時
親子関係で気付いたことがあります。

それは大きな大きな発見で
私は一気に生きることが楽になったんです。
そのお話もまたここに書きたいと思っています。


そのお話を今回、母が来てくれて話すことに決めました。

傷つけるかもしれないと思いながら
自分の家族への思いを話ました。
言葉を選びながら、ゆっくりゆっくりと…

途中、何度か母が聞かなかったことにしたことも
うまく伝わらなかったことも
時間をおいて、また新しい言葉で置き換えながら話しました。

「どうせ分ってくれない」って諦めるんじゃなくて
どうしても母に言いたかったから…。

大好きな祖父や祖母の話、悔しい思いをしたこと
悲しかったこと、温かい思い出、昔話を交えながら
笑ったり、涙ぐんだり


そしてふと母が言い出したんです。
「今、思い出したけど、もう割と大きくなって、中学か高校かなあ。大人になってかなあ。
あっこがお母さんに抱きしめてほしいって言い出したことがあるんよ。
もう大きかったから、そんなことはしない方がいいと思ったけど
子供は子供なんだな〜って。お母さんも思いっきり抱きしめたんよ」

全く覚えてない(笑)
私ちゃんと言ってたんだ。
人の記憶って曖昧ですね。
寂しいかったことだけ覚えていたんです。

こうやって向き合って話すことがとっても大切なんですよね。
感じ方、記憶、求めるもの、与えるもの
みんな違うんだから…。


***


そんな親子の時間を過ごして
ひなまつりの夕食は、母も会ったことのある友人に車を出してもらって
母の好きそうなお店に行きました。

私の前に座り
もう本当に子供のように嬉しそうに
無邪気に私に微笑みかける母。
その笑顔があまりにも可愛くて
あまりにも眩しくて
私は直視することができませんでした。

親子ですから、いろんな母を見てきました。
けど、家の中でこんな無邪気な笑顔を見たことがあっただろうか…。

この人はモテただろうな。
友達も仲間も頼ってくる人も多いだろう。
そして今もたくさんの人を良い気分にしているんだろうな。
そんなことを我が母に思います。

この人の本当の苦労を、強さを、寂しさを、激しさを、怒りを、葛藤を…
家族の私たちしか知らないだろう。
そんな柔らかく子供のような可愛らしい笑顔でした。

笑うと目が大好きな祖父にそっくりです。
溢れるくらいに愛されたことのある人の醸し出す笑顔。
愛と安心を知っている人の笑顔。
祖父と祖母がいたから生まれた笑顔。

それをどんな思いをしても母は持ち続けてきたんだなあ。

母が愛おしくて愛おしくて仕方なくて
胸が苦しくなるくらいでした。


***


そして大分に帰る母を送る時間になりました。
手を振る前に
私は右手を大きく差し出しました。
「お母さん抱っこ」心の中で言いながら…

母はまたにっこり笑って、荷物を持っていない左手で私を抱き寄せて
私のほっぺたに頬ずりをしました。

母は、赤ちゃんの私に何度もこんな風に頬ずりをしたんだろうなあ。
母親ならではの抱きしめ方なのかもしれないと何だか胸がいっぱいになっています。